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大阪地方裁判所 昭和26年(行)32号 判決

原告 箔本善次郎

被告 大阪府知事

主文

一、売渡処分の取消を求める原告の訴を却下する。

二、その余の原告の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の主張

(請求の趣旨)

「被告が別紙目録記載の各土地につき柳伊太郎、置田松太郎、杉田徳三に対してなした農地売渡処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(請求の原因)

原告は、専業農家であつて、別紙目録記載の土地(1)(5)は昭和一一年九月より、(2)(3)は昭和一八年一〇月より、(4)は昭和一二年一月より、いずれも奈良県生駒郡矢田村字山田地主国谷二郎から賃借して引続き耕作しているので、昭和二三年七月自作農創設特別措置法(自作法)により東住吉区農地委員会(区委員会)に対して、買受の申込をしたが、被告大阪府知事は、右各土地について自作法により区委員会が定めた買収計画にもとずいて、昭和二二年一二月二日を買収期日とする買収処分をし、ついで同委員会が昭和二三年九月一七日に定めた売渡計画にもとずいて、同年一〇月二日を売渡の時期として、柳伊太郎、置田松太郎、杉田徳三の三名に対してそれぞれ売渡処分をした。原告は、昭和二四年四月右売渡処分のあつたことを知り同月大阪府知事に対して異議の申立をした。

しかし、右売渡処分は、つぎの点において無効である。

一、右買収及び売渡処分当時、右柳伊太郎外二名は、いずれも右土地の耕作者ではなく、原告が各土地の耕作者であるから、原告は自作法第一六条により売渡を受くべき第一順位者であり、右三名は売渡を受ける資格がない。また右三名のうち、柳は、質屋を営み杉田は給料生活者であつて、いずれも終戦後約一反の農耕を始めたものであり、置田は、約一反五畝を農耕しているにすぎないのに反して、原告は、

従来から本件各土地を賃借して耕作の業務に従事する専業農家であつて、自作農として農業に精進する見込あるものであるから、本件各土地を原告に売渡さずに右三名に売渡したことは、自作法に違反し法律上当然無効である。

二、原告は、政府が買収した本件農地につき賃借権を有するものであるから、右農地を右三名に売渡すに当り、原告のために、区委員会は、自作法第二二条により右権利の消滅に因つて生じた損失の補償、同法第二三条により地目、面積、等位等が近似する他の小作地と所有権の交換を行い、あるいは、

同法第二五条により地目、面積、等位等が近似する農地と耕作権を交換する等の措置を講じなければならないのに、右いずれの措置をもとらずに前記三名に対し本件各土地の売渡処分をしたから右処分は当然無効である。

なお仮に右処分が当然無効でないにしても違法不当なものであり、取消によつて無効となるべきものと主張する。

第二、被告の主張

(本案前の答弁)

「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めその理由としてつぎの通り述べた。

「原告は、農地売渡処分の無効確認を求める訴において、大阪府知事を被告としているが、自作法による農地の売渡処分は、国家権力の発動による行政処分であるから、右訴は、原告と国との間の公法上の権利関係に関する訴訟であつて、右権利の帰属主体である国を被告とすべきであり、大阪府知事は被告適格を有しない。

またもし、原告が本訴において、右売渡処分の無効を理由として、その取消を求める趣旨であるとすれば、大阪府知事は被告たりうるが、右処分(売渡通知書交付)の日は昭和二三年一一月四日であり、同日から二ケ月を遥かに経過した後である昭和二六年一〇月二日に提起した本訴は却下をまぬがれない。

(本案の答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎの通り述べた。

「国谷二郎所有の別紙目録記載の各土地について、区委員会は、自作法第三条第一項第一号に該当する不在地主の小作地として、昭和二二年九月二八日買収の時期を同年一二月二日と定めて買収計画をたて、被告大阪府知事は、右買収計画にもとずいて昭和二三年八月下旬買収令書を国谷二郎に交付したのであるが、右買収計画をたてた当時、原告は右各土地の小作人ではなく、国谷二郎の管理人中尾貞次郎が管理小作していたのであり、同人は、附近の非農家に一部耕作させたこともあつたが、耕作をやめるつもりで買受の申込をしなかつた。そこで区委員会は、自作法施行令第一八条により別紙目録記載(4)の土地を柳伊太郎に、(1)、(2)、(3)の土地を置田松太郎に、(5)の土地を杉田徳三にそれぞれ売渡すため昭和二三年九月一七日同年一〇月二日を売渡の時期とする売渡計画を定め、公告並びに縦覧の各手続を経て、大阪府農地委員会は同年九月三〇日右売渡計画を承認し、被告は、同年一〇月二日付売渡通知書を発行して、同年一一月四日これを右三名にそれぞれ交付した。

以上の通り、原告は、買収当時の小作人でないから、第一順位の売渡の相手方ではなく、従つて原告の買受申込は、自作法施行令第一八条第二号により売渡の相手方としてもらいたい趣旨の申込と解するほかなく、この種の申込が数人からあつた場合、売渡の相手方をそのうちの誰にするかは、行政庁の自由裁量行為に属する。仮にそうでないとしても、売渡の相手方を誤つた行政処分は、無効ではなく、行政事件訴訟特例法第二条による訴によりその効力を争いうるにすぎないから、いずれにしても原告の請求は理由がない。」

理由

(本案前の争点について)

被告は、農地売渡処分の無効確認を求める訴は原告と国との間の公法上の権利関係に関する訴訟であつて、右権利関係の帰属主体である国を被告とすべきであると主張するが、行政処分の取消又は変更をもとめる訴訟において行政庁に当事者としての資格を与え、これを被告として訴を提起しなければならないと規定した行政事件訴訟特例法第三条の趣旨から考え、行政処分の無効確認を求める訴訟においても、当該行政処分をした行政庁すなわち本件では大阪府知事を被告として訴を提起することができるものと解するのを相当とする。同知事に当事者適格なしとする被告の主張はこれを採用することはできない。

原告は本訴において請求の趣旨としては本件売渡処分の無効確認を求めているに過ぎないが、請求の原因においては、右処分が当然無効であることを主張する外、なお仮に当然無効でないとしても取消によつて無効となるべきものと主張しているので、原告の本訴請求は右処分の当然無効を主張しての無効確認の請求の外、広く取消の請求をも含めているものと解するのを相当としよう。しかし、本件売渡処分は昭和二三年一〇月二日を売渡の時期とするものであることは当事者間に争いがなく、その売渡通知書が同年一一月四日に売渡の相手方に交付せられたことは原告の明かに争わないところである。そうすれば右売渡処分取消の訴は、右売渡処分の日である昭和二三年一一月四日から二箇月内にこれを提起することを要すること自作法第四七条の二の定めるところであり、右出訴期間を経過することおよそ二年一〇箇月の後である昭和二六年一〇月二日に至つて提起された本訴は右取消請求の部分においては既にこの点において不適法として却下を免れない。原告は昭和二四年四月本件売渡処分を知るや、同月直ちに被告に対し異議の申立をした旨主張しているが、自作法においては売渡計画に対しては異議訴願の道を開いてはいるが、売渡通知書の交付による売渡処分についてはこれを認めていないのであるから、原告が右日時に異議の申立なる行為をした事実が仮にあつたとしても、右事実は売渡処分に対する取消の訴の出訴期間の起算点には何等の影響はなく、従つてまた本訴が出訴期間経過後の訴である点には何等の変りもない。

(本案について)

原告主張の各土地について、被告が自作法により、区委員会が定めた買収計画にもとずき昭和二二年一二月二日を買収期日とする買収処分をした上、更に同委員会が昭和二三年九月一七日に定めた売渡計画にもとずいて、同年一〇月二日を売渡期日として原告主張の柳外二名に対して各売渡処分をした事実は、当事者間に争がない。

一、原告は、まず原告が右土地の小作農であり、自作法第一六条により売渡を受くべき第一順位者であるのに、耕作者でない右三名に売渡した右農地売渡処分は法律上当然無効である。また、原告は右土地の耕作者であり、自作農として農業に精進する見込あるものであるのに原告に売渡さずに、専業農家でないか、あるいは僅か約一反五畝しか耕作していない右三名に売渡した右処分は、この点からも法律上当然無効であると主張する。しかし、仮に右主張の事実があり、右売渡処分が違法であるとしても、それは右行政処分取消の原因となり得るにとどまり、右処分を当然無効とするものではない。

二、さらに原告は、右売渡処分により原告は右土地の賃借権を失う結果となるのに、被告は、自作法第二二条による補償をしないから、右売渡処分は法律上当然無効であると主張する。原告が本件土地につき賃借権を持つていたか否かはともかくとして、右法第二二条によれば、当該農地につき賃借権などを有する者に右農地を売渡さない場合、その者に対し右権利の消滅に因つて生じた損失を補償しなければならないのであるが、この補償をしてないからといつて農地の売渡処分が違法となるものではなく、また固より当然無効となるものとは到底解することはできない。

つぎに、原告は、右農地売渡処分において、自作法第二三条ないし第二五条による農地の所有権の交換あるいは、耕作権の交換の措置をとらないから、右処分は当然無効であると主張する。しかしこれも結局原告が本件土地の小作人であつたことを前提とするものであり、前記の原告を売渡の相手方としなかつたことの違法を主張するのと同様、区委員会あるいは被告において原告を小作人として取扱わなかつたことの違法を主張するに帰着するのであつて、右のような違法は未だ売渡処分を当然無効とするものと解することのできないこと、原告を売渡の相手方としなかつた違法の場合と同様であるから、これまた原告が真実本件土地の小作人であつたか否かの事実を確めるまでもなく失当である。

以上の通り原告の本訴のうち取消の訴は、不適法であり、無効確認の請求は、その主張自体理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

(目録省略)

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